生きる目的

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途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

サタンの誘惑と女の堕落3

改めてD.M.ロイドジョンズ師によるエペソ書講解5章22-33節「結婚することの意味」を読み、人間関係の中でも最も近い夫と妻の関係が崩壊している人間の現状が、社会のあらゆる問題につながっていることを思わされています。

家庭の中で男性(夫)の方が立場が弱く、女性(妻)の方が強いような印象は、現在日本でも多くの人が持っているものではないかと思います。

〔 家庭のかしら、中心に女性がなるというこの社会は、聖書の教えの否定であり、エバの古い罪の実に再現である。〕と、ロイドジョンズ師は [ 2. 創造の秩序] の中で語っています。これは、約60年前に語られた説教であり、アメリカ社会において当たり前のようになっていた状況について言われており、イギリスではまだアメリカに見られるほどまでに至っていなかったことが書かれています。〔アメリカでは、母が家長と言ってもよいような社会であって、男は単に賃金を稼いでくる者、生活費を運んでくる者、というようにますます考えられている。〕しかし、アメリカ合衆国は〔映画やその他のさまざまな手段を用いて、他の国々に影響を及ぼしているため、こうしたアメリカ式の態度は世界全体に広まっている 。〕というのが当時の状況であったことがわかります。

私が子供の頃は両親が共働きでしたが、周りの友人たちの家庭は、母親が専業主婦である場合が多くありました。そして友人たちの話を聞いたり、実際に遊びに行ったりしたのを思い出すと、その60年前のアメリカ合衆国の家庭環境がそこに見られていたことを思います。

男性(夫)は男性(夫)で、自分の立場を放棄していることをロイドジョンズ師は指摘しています。家庭の主人という立場を故意に放棄し、怠惰と利己主義から妻に任せているということ、このような男性の責任放棄も本当に大きな問題であることを思います。

現在は共働きも当たり前の社会で、女性(妻)も賃金を稼いでいるため、なおさら男性(夫)よりも強い立場となっている場合もあります。勿論、共働きだから家庭のことも協力して、家事や子育てを同じようにやっていきましょう、という場合もあります。しかし、家庭の中で中心的な存在となっているのは、主人である男性(夫)よりも女性(妻)という印象が強くあります。私の周りが、また私が生まれ育った家庭がそうであったのでしょうか。だからそのような印象が強いのかもしれません。亭主関白な家庭があることも耳にします。それが行き過ぎた場合については決して良いとは言えませんが、人類が堕落した結果、神さまが女に宣告された『わたしは、あなたのうめきと苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。』(創世記3:16) ということは、覚えておく必要があると思います。

いずれにしても、神さまが定められた「男女の結婚」からますます遠くなっていく結婚観や、夫婦のあり方が、子育てや社会の問題をますます深刻化させていくことを思わされます。

サタンに誘惑され、エバが結婚関係、夫婦関係の立場を崩したことから起こった人類の堕落について、まず聖書が語っていることに耳を傾けなければ、人間社会のあらゆる問題は決して改善に向かうことはないでしょう。

 

                                      D.M.ロイドジョンズ エペソ書5:22-33講解 
                                   「結婚することの意味」 
                                 訳 鈴木英昭 いのちのことば社                                                                                                                                       より

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