生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

サタンの誘惑と女の堕落2

『サタンの誘惑と女の堕落』の記事に、思いのほか反響が大きいため、頂いているメッセージのことも覚えて記したいと思います。

真摯なメッセージの中で、「ご自身で、サタンの誘惑には弱いという事をかんじますか?」というご質問も頂きましたが、痛切にそのように思わされています。

女が最初に堕落をした際には、サタンがより惑わしやすいことを知っていて女の方に近づいていったことが、聖書を見れば明らかです。人類を堕落させるには、人類の代表であるアダムを堕落させなければならなかったわけですが、サタンはより確実な方法を取りました。

私自身、女として、サタンがそのことを本当によく知っていて、実に巧妙な手口で誘惑の手を尽くしてくることを、ますます実感させられています。

男女平等などの主張は、人間的には正しく、良いことのように聞こえますが、男性と女性は同じように造られてはおらず、生き物のかしらとして造られたのは、男性です。そして、女性はそのふさわしい助け手として、男性から取られ、造られた存在です。人間がどう言おうと、造り主であられる神ご自身がそのように造られたのであり、神であられるにも関わらず、人として仕えられ、十字架の死にまでも従われた、主イエス・キリストによって救われた者として、そのことに異を唱えることなど、とんでもないことであると、思わされています。

勿論、あまりにも杓子定規のようになってしまうのも、決して良いことではないと思います。主のみわざを証ししていくこと、教えられたことを人にも伝えていくことは、男性も女性も行なっていくべき必要なことだと思います。しかし、女性はあくまでもふさわしい助け手、良い助け手としての立場をわきまえていかなければならないことを、覚えさせられています。ただ、具体的には、女性が牧会をすることや、講壇に立って説教をすることは、私はふさわしくはないと思います。それは、聖書が語っている堕落の起源と、聖書に基づいて女である自分自身を吟味させられてのことです。

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