生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

体と魂(精神)と霊の関係

前回までとは異なるテーマとなるようですが、日本においては特に、精神医学的な疾患に対するアプローチと霊的ケアについて、混同されてしまっている現状があり、そのために余計に状態が悪化してしまうケースをよく見聞きしているので、学ばされ、考えさせられていることをここに書いていきたいと思います。

人間は、体と魂(精神)と霊で成り立っていると言われています。それぞれ大まかに、体は感覚(五感)の知覚、魂は自己の知覚(人格)、霊は神の知覚(神との交わり)が行われます。

魂(精神)の部分に、知性、感情、意志の働きがあると言われます。

体と魂(精神)の部分で、ものごとを認識するのはそれぞれ脳と知性であり、このいずれかの部分の機能が極端に乱れ、崩れ、コントロール不能になったものが精神疾患と言われているものではないかと考えています。

お互いつながっているので、影響し合い、身体の異変で脳内物質や機能が乱れることにより、知性も乱れ、反対にショックを受けたりして知性がコントロールを失えば、脳にも影響が及ぶであろうと思います。

魂(精神)、自己の知覚は、御霊によって新しく生まれ、霊が生かされて正常に機能することは明らかだと思います。ただ、霊が死んでいる生まれながらの人間も、人が人として造られているため、全て動物的本能で行動するのではなく、ある程度コントロールすることのできる能力が与えられています。

しかし、生まれながらの人間は、自己否定されることを拒絶します。そして、神を拒絶します。自分自身を正しく知ることができず、神を正しく知ることができません。そういう意味で、完全に無能力です。霊が生かされた者は、自分自身の罪を自覚させられており、恵みによって罪が赦された喜びを知っており、神との交わりがあります。根本的に、自分自身に対する見方も変えられています。砕かれ、自我に対して死んでいく必要性を知っています。罪に支配された魂(精神)は、根本的に物事を正しく見ることはできません。自分が何者であるのか、そして生きる意味も、目的も知りません。

体と魂と霊、この三つはまたつながっているので互いに影響を及ぼし合います。

霊が生かされているクリスチャンは、霊的な領域でのトラブルに直面させられます。特に悪の誘惑、攻撃、その戦いを知るようになります。そして疑念を抱いたり、気落ちして何もできなくなってしまったりするようなこともあります。そこでは、正しく霊的な見方を行うことによって、つまり知性を正しく働かせることによって、トラブルを解決し、状態を回復させることができると思います。内住の御霊が知性に働いてくださることによってであり、知性によって御霊なる神が内に住んでいてくださることを認知することによってです。御霊なる神は、みことばに則して働かれるので、みことばをもって解決を得ることができます。

クリスチャンも、落ち込んで「うつ」になることもあります。しかしそれが、霊的な領域でのものなのか、精神疾患として「うつ」と言われるものなのか、見分ける必要があります。

以前から言われていたところでもありますが、現在、精神疾患と言われているものは、脳の神経伝達物質の異常によることから、身体疾患であるという見方の方が主流になっています。どちらかと言えば女性の方が「うつ」になり易いのは、男性よりも身体の変動が大きくあるからだということも言われています。それは、また後に少し詳しく書ければと思いますが、私自身も経験させられていることです。

あくまでも、身体の変動や異変からくる異常であれば、身体的疾患という見方でアプローチしていく必要があると思います。身体的な休息や、或いは日光を浴びたり、適度な運動や適切な食事などによって改善される場合もありますし、うつ状態や気分変調性障害という程度のものではなく、大うつ病という重い状態になれば、医学的治療も必要となるでしょう。

体も魂も霊も全てが重要であり、造り主であられる神ご自身が関心を持っていてくださいます。その関係についてある程度でも正しく理解し、この世の歩みにおいてキリスト者として直面させられるあらゆる問題に対処していくことができたら、と思っています。