生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

失われている造り主との関係

このブログの初めの方でも記しましたが、生きる目的を失っているのは、まず、自分がどこから来たのかを知らないからです。自分の造り主を知らないからであり、造られた目的を知らないからです。

造り主であられる神の栄光を現すこと、永遠に神を喜ぶこと(ウエストミンスター小教理問答1)、このことが目的だと言われて、心底から「そうです、それこそが私の目的です」と言える人がいるでしょうか。

それがどういうことなのか、わかりません。そしてむしろ反発します。それが罪人として生まれてくる人間の姿です。

そのようにして生まれてくる私たち人間は、造り主なる神との関係が失われているのです。このことこそ、大問題なのです。

先にも記した通り、人類の代表者アダムがたった一つのおきてを破り、人類に罪が入ってから、人は誰もが罪人として生まれてきます。罪は神との関係を切り離します。神は完璧な聖なるお方であられ、罪に対して怒りを覚えておられます。聖なる神は、罪や悪を絶対に嫌われるお方だからです。罪人は神を毛嫌いしています。

つまり、神と人は完全に敵対関係にあり、歩み寄ることも不可能な状態なのです。

私たち人間に必要なこと、生きる目的が取り戻されるために必要なことは、神との和解です。造り主であられる神との本来あるべき関係が取り戻されなければ、生きる目的を失ったまま、最終的な罪のさばきを受けて滅びゆく以外にないのです。

その和解の道を、神ご自身が一方的に差し出してくださったのです。ご自身に反逆して止まない人間に、聖なる怒りを覚えられながらも、最大のものを惜しみなくお与えくださってまで、和解の道を開いてくださったのです。

ですから、どうか、この救いの道を知って頂きたいのです。