生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

サタンの誘惑と女の堕落

もう一度、創世記3章1-7節から、サタンの誘惑とそれに惑わされて先に堕落した女について見たいと思います。

【さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならない、と神はほんとうに言われたのですか。」女は蛇に言った。「私たちは、園にある木の実を食べてよいのです。しかし、園の中央にある木の実について、神は、『あなたがたは、それを食べてはならない。それに触れてもいけない。あなたがたが死ぬといけないからだ』と仰せになりました。」そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」そこで女が見ると、その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好ましかった。それで女はその実を取って食べ、いっしょにいた夫にも与えたので、夫も食べた。このようにして、ふたりの目は開かれ、それで彼らは自分たちが裸であることを知った。そこで、彼らは、いちじくの葉をつづり合わせて、自分たちの腰のおおいを作った。】創世記3章1-7節 

                                                                              (聖書 新改訳第三版 日本聖書刊行会

サタンは、惑わしやすいと知っていた女(エバ)に近づき、巧みに誘惑をしました。
サタンの巧妙さは、恐ろしいものです。回りくどい言い回しで、少しずつ心をくすぐり、高慢へといざない、神から引き離そうという働きは、今も私たちに対して行われている手口です。

エバはサタンの巧みな働きかけにより、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするというその木はいかにも好まし」くなりました。このようなことは、常日頃、私たちに起こることです。

フェミニスト教師は、アダムもいっしょにいたのだから、惑わされたのはエバだけではないと説教しますが、Ⅰテモテ2章14節には「また、アダムは惑わされなかったが、女は惑わされてしまい、あやまちを犯しました。」とはっきり記されています。
前回引用したD.M.ロイドジョンズ師のエペソ書5:22-33講解「結婚することの意味」の続きにあるように、“パウロ意見の個人にすぎない”というようなことが言われることを、私も耳にしますが、ロイドジョンズ師が言っているように「聖書は霊感された無謬の神の言葉であると信じているなら、使徒パウロのことを、この世がするような方法で言ってはならない。彼が記す時、旧約聖書を引用しているだけでなく、霊感された使徒として書いているからである」のです。

教会内にも、女性の有能性を高らかに主張する女性たちがいます。
しかし、どんなに有能な女性も、罪がなかったエバに勝る女はいません。そのエバが惑わされ、こうして最初に堕落したのです。

この聖書に書かれている事実を否定すること自体、悪の思うつぼになっているのです。

私たちキリスト者女性は、しっかりと覚えておかなければなりません。