生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

神の右の座に着かれたイエス・キリスト

イエス・キリストは、救いのみわざを成し遂げられ、高く上げられ、すべての名にまさる名を、父なる神から与えられました。イエス・キリストは、もともと神ご自身の御子であられ、神であられますが、人として、人を救うそのみわざを成し遂げられ、栄光の座に着かれました。

万物は御子にあって造られました。究極的にすべてを統べ治めておられるのは、神であられます。そのご支配が御子に渡され、最後の審判の時にさばきを下されるのも、イエス・キリストであられることが語られています。

イエス・キリストを信じ、救われた者は、このイエス・キリストのうちにあり、最終的に、キリストご自身の栄光にあずかるのです。「栄化」という教理、このことも現在ほとんど耳にしません。

人の主な目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶことです。

救いは、神と切り離され、罪と悪の支配にあって、罪と汚れにまみれていた人の罪が赦され、義と認められ、キリストにある者として、最終的にご自身の栄光にあずからせて頂き、顔と顔を合わせて主とまみえるのです。キリストとともに、御使いさえもさばくことになり、新しい天と地を治めることになるのです。

救われた者は、永遠に神を喜び、神をほめたたえて生きるのです。