生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

神の律法

「神の律法」について、しつこく記しますが、キリスト教界においてもどれだけ聞いたことがあるでしょうか。

律法は、人を罪に定め、行ないによっては救われない、義と認められないことを明らかにします。

そして、律法は、私たちをキリストへ導くための養育係(ガラテヤ書3:24)です。
神の聖なる律法によって、私たちは罪を自覚させられます。罪の支配の中にあって、生まれながらの人間は、罪が見えません。そして罪の自覚がなければ、悔い改めることもありません。悔い改めというのは、神との関係を真剣に考えることです。神に背き、切り離されていたその関係が正されなければならないということに、向きを変えるのです。漠然と罪をお赦しください、と言っているだけで、罪とはどのようなものなのか、罪によって神との関係がどのような悲惨な状態になっているかを知り、真剣に「神との関係」を考えたことがないならば、本当の意味で悔い改めたことはないのです。

律法は、罪とはどういうものなのか、罪の性格を示し、私たちを義なるキリストに導き、キリストだけが私たちを救うことがおできになることを示すのです。

キリストこそ、罪の支配、律法の断罪、神の御怒り、その刑罰、永遠の死、滅びから私たちを救う救い主です。

広告を非表示にする