生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

聖書が示す人の罪

キリスト教で言う「罪」とは、「的外れ」ということです。

造り主なる神との本来あるべき関係が失われ、神を知らない人間は、神に背き、神が人を造られた目的に全く反する、的を外した存在です。

神に対する正しい認識があれば、人は神をほめたたえずにはいられません。しかし、知らないので、神を認めず、憎みさえしているのです。

聖書が示している罪は、法律に従って有罪か無罪かが判断されるように、神の律法に従って、造り主なる神の基準によって定められています。

罪人は、神の律法に束縛を感じ、拒絶します。誰一人、神の律法を守ることなどできないのです。律法は、人を断罪しています。

なぜ、キリスト教では罪、罪とうるさく言うのでしょうか。

それは、罪が処理されなければ、生きる目的が取り戻されることがないからです。

そして、罪が処理され、生きる目的が取り戻される道を、神が差し出してくださっているからです。

そうでなければ、神は、私たちを見捨てて放っておかれたでしょう。

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