生きる目的

本来の生きる目的に生きる道

途中からだとわかりにくいので、初めから順にお読み下さい。

一貫した信仰義認の教理

信仰の父アブラハムについて、続けて見たいと思います。 アブラハムは、神ご自身から約束を与えられました。それは創世記15~17章にあります。特に創世記17章7,8節に、「わたしは、わたしの契約を、わたしとあなたとの間に、そしてあなたの後のあなたの子孫…

信仰の父アブラハムの義認

【これらの出来事の後、主のことばが幻のうちにアブラムに臨み、こう仰せられた。「アブラムよ。恐れるな。わたしはあなたの盾である、あなたの受ける報いは非常に大きい。」そこでアブラムは申し上げた。「神、主よ。私に何をお与えになるのですか。私には…

基盤の曖昧さ

自分自身も含め、問いかけを行ってきました。 ここで記したいのは、何においても言えますが、誰もがはじめは未熟であるということです。生まれたばかりであれば、ほとんど右も左も分からない未熟な状態であって当然です。クリスチャンになったばかりであれば…

問いかけ - 神を第一にするとは?③ -

引き続き、自分自身を含め、問いかけをしたいと思います。 神を第一にするとは、主なる神との関係を第一とすることであり、それはまず、神との交わりの時間を何よりも優先させるために、その時間を積極的に取り分けていくことであることを前回確認しました。…

問いかけ - 神を第一にするとは?② -

神を第一にするとは、まず主なる神との関係を第一とすることであると、前回確認しました。 それは、罪によって神との関係が切り離されていた状態とその結末の悲惨さを知り、神との関係が回復されたこと、神との和解を喜ぶ者が、必然的に第一のこととして何よ…

問いかけ - 神を第一にするとは?① -

ここまで記してきたことに照らして、自分自身を含めて問いかけをしたいと思います。 「神を第一に」とよく言われますが、それは一体どういうことでしょうか。何をもって神を第一にしていることになるのでしょうか。そのように言う時、具体的に何を第一として…

なぜ、イエス・キリストを信じるのか

クリスチャンホームに生まれ育った私にとって、イエス・キリストを信じることは、ある意味当たり前のことのようでした。 そのような私自身が、問われていたことに対して、以下のように答えてはいても、事実、本当にはわかっていなかったために、非常に苦しみ…

神との和解

「神との関係」ということについて、焦点を当てて記してきました。 生まれながらに、私たちが神とどのような関係にあるのかを十分に取り上げずに、イエス・キリストによる救いの必要性はわからないからです。 しつこく同じようなことをくり返すようですが、…

悔い改め

【そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べて、言った。「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから。」この人は預言者イザヤによって、「荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ』」と言われたそ…

自分が描く神の理想像

「神を信じる」と言ったときに、自分が信じる神はどのようなお方でしょうか。 何でも受け入れてくださる神。自分のしていること、思っていること、弱さも失敗も、赦し、受け入れてくださる神ならば、信じやすいのです。 しかし、受け入れてくださらない神と…

救いの尊さがわからない理由

救いについてよくわからない、それは、私自身がそうでしたけれども、そもそも自分がどのような状態にあるのかを知らないからです。 特に、造り主であられる神と自分の関係性において、どのような状態にあるかを知らないからです。そしてまた、知りたがらない…

失われている造り主との関係

このブログの初めの方でも記しましたが、生きる目的を失っているのは、まず、自分がどこから来たのかを知らないからです。自分の造り主を知らないからであり、造られた目的を知らないからです。 造り主であられる神の栄光を現すこと、永遠に神を喜ぶこと(ウ…

生きる目的を失っていることを知る

大変久し振りになりますが、改めて、キリスト教が差し出している「救い」について、非常に曖昧になってしまっているために悩んでいる方々がおられ、何より私自身が救いについて曖昧であったために悩み苦しんだことを踏まえ、再び記していきたいと思います。 …

原罪 - 人類の最初の代表者アダム -

続いて、『原罪』について、見たいと思います。アダムは、妻のエバから食べてはならないと神から命じられていた木の実を差し出され、戒めることもせずその実を食べ、人類に罪が入りました。『原罪』について、まずD.M.ロイドジョンズ師によるローマ書講解5章…

堕落の結果 - 神の女への宣告 -

【女にはこう仰せられた。「わたしは、あなたのうめきと苦しみを大いに増す。あなたは、苦しんで子を産まなければならない。しかも、あなたは夫を恋い慕うが、彼は、あなたを支配することになる。」】創世記3章16節(聖書 新改訳第三版 日本聖書刊行会) や…

サタンの誘惑と女の堕落

もう一度、創世記3章1-7節から、サタンの誘惑とそれに惑わされて先に堕落した女について見たいと思います。 【さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾であった。蛇は女に言った。「あなたがたは、園のどんな木からも食べてはならな…

堕落の起源

生きる目的が取り戻され、その目的に生きる者として、聖書の真理を追い求めていきたいと願っています。そこで改めて、堕落の起源について、聖書が語っている事実を見ていこうと思います。 【さて、神である主が造られたあらゆる野の獣のうちで、蛇が一番狡猾…

ただ、神の恵みにより

「恵み」ということばは、「愛」と共に、キリスト教界においてやたらめったらに飛び交っています。その現状を「恵みの安売り」と批判する牧師先生もいますが、私も全くその通りだと思います。 そこで、救いにおける神の恵みとは如何なるものか、その神の恵み…

イエス・キリストを信じる信仰

これまでもそうでしたが、私の周りの身近な教会員の方々を意識して記しています。諸々の活動に忙しく、みことばにはあまり関心がない多くの方々に、私は悲しみを覚えますし、主はどのようにご覧になっておられるでしょうか。イエス・キリストを信じる者は、…

神の右の座に着かれたイエス・キリスト

イエス・キリストは、救いのみわざを成し遂げられ、高く上げられ、すべての名にまさる名を、父なる神から与えられました。イエス・キリストは、もともと神ご自身の御子であられ、神であられますが、人として、人を救うそのみわざを成し遂げられ、栄光の座に…

キリストの復活

キリストは完全に死んで、墓に葬られました。そして、よみがえられました。死者の中からからだをもってよみがえられたのです。これは、罪人がこのイエス・キリストによって罪赦され、さらに義と認められることを確証する事実です。 キリストは、罪と悪に勝利…

イエス・キリストの卓越性

18世紀のリバイバルの時代の大説教者ジョナサン・エドワーズによる説教集「イエス・キリストの卓越性」を読んでいて、何と私たちはイエス・キリストというお方を知る知識に乏しいことかと思わされます。 邦訳されているものは絶版となっているこの書には、驚…

クリスマス -イエス・キリストのご降誕に思いを巡らす-

幼い頃から私が経験してきた〔教会のクリスマス〕を含む現実を見つつ・・・ アドベントの最後の週ということで、その中で思い巡らしていることを、書き記したいと思います。 クリスチャンは、ありもしないおとぎ話を信じて生きている能天気者ではありません…

キリストの十字架

十字架刑は、奴隷や重罪人などの刑であり、大変な苦痛を味わいながら死に至る、死刑です。 この十字架刑によって、イエス・キリストは罪人の身代わりとなって死んでくださいました。罪なきお方が、人々の重罪を負って、代わりにその罪の刑罰を受けてくださっ…

キリストの血

罪の贖いのためには、全く欠けのないいけにえの死、身代わりの死が必要です。 私たちは、神に対して罪を犯しているので、まず神に罪を赦して頂かなければなりません。罪と悪の奴隷である罪人は、罪と悪に従って生きているため、神に従うことができず、それど…

罪の贖い

生まれながらに罪人である私たち人間は、そもそも罪と悪の支配下にあり、その奴隷状態となっています。 しかし、あわれなのは、そのことを知らずに安穏としていることです。そのようなことを言われれば、憤慨し、猛烈に否定します。聖書が語るあらゆる真理に…

なだめの供え物

なだめの供え物についても、どれだけ聞くことがあるでしょうか。 神は、なだめられる必要のないお方である、ということを耳にしたり、書物において目にすることがあります。 しかし、神の怒りは旧約時代から現されており、なだめは、全焼のいけにえにあらわ…

神の律法

「神の律法」について、しつこく記しますが、キリスト教界においてもどれだけ聞いたことがあるでしょうか。 律法は、人を罪に定め、行ないによっては救われない、義と認められないことを明らかにします。 そして、律法は、私たちをキリストへ導くための養育…

人となられたイエス・キリスト

人を救うため、神の御子イエス・キリストは、人としてこの世に遣わされました。 人は生まれながらに罪人であり、神の律法を守ることはできません。律法によって罪に定められています。人は、律法の行いによって義と認められることはできません。 イエス・キ…

神─人なるイエス・キリスト

イエス・キリストは、父、子、聖霊なる三位一体の神の二位格であられる、神です。この三位一体については、私たち人間の理解をはるかに超えていますが、三位格なる聖霊によって受け入れることができる真理です。神は超越されたお方であられ、だからこそ神な…